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大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)10325号 判決

主文

一  被告は原告に対し、金三五〇〇万円及びこれに対する昭和六二年一月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金三五〇〇万円及びこれに対する昭和六二年一月二四日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  訴外舛田健一(以下「健一」という。)は、昭和五九年七月二四日、被告との間に次の保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

(一) 死亡保険金額 金三五〇〇万円

(二) 保険契約者 健一

(三) 被保険者 健一

(四) 死亡保険金受取人 原告

2  健一は、昭和六一年一一月三日死亡した。

3  原告は、昭和六二年一月二三日、被告に対し、本件保険契約に基づき死亡保険金の支払を請求した。

4  よって、原告は被告に対し、本件保険契約に基づき、死亡保険金三五〇〇万円及びこれに対する履行期後である昭和六二年一月二四日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の事実はいずれも認める。

三  抗弁

1  本件保険契約の保険契約普通保険約款第一条第一項(1)(エ)は、被告において死亡保険金を支払わない場合として、「被保険者が被保険者の犯罪行為によって死亡したとき」と規定している。

2  健一は、昭和六一年一一月三日午後六時一〇分頃、大阪府三島郡島本町江川二-三-一所在のスーパー「ダイエー水無瀬店」にピストルを持って押し入り金員を強奪しようとしたが、店員等に騒がれ逃走中追跡した店員にピストルを発射し負傷させ、その後店員ともみあいとなって階段を踏みはずし転落した際、ピストルが暴発して死亡したものであり、右免責条項に該当する。仮に健一が自殺によって死亡したものとしても、一般的、社会的見地からみて被保険者の犯罪行為により被保険者が死亡した場合に当たり、被告に保険金支払義務はない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  抗弁2の事実は否認する。仮に健一の死亡が自殺によるものとすれば犯罪行為と死亡との間には因果関係がないというべきである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1ないし3の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  抗弁について判断するに、抗弁1の事実は当事者間に争いがない。

抗弁2の事実について判断する。

〈証拠〉を総合すれば、健一は、昭和六一年一一月三日午後六時一〇分頃、金員を強奪しようと企て、大阪府三島郡島本町江川二-三-一所在のスーパー「ダイエー水無瀬店」にピストル(黒紐で健一のズボンベルトに連結され、健一はこれを右手に携えていた。)を持って押し入り同店二階事務室に至ったが、店員等に騒がれ店長や庶務課長から木製看板やポリバケツの蓋等で殴りかかられ抵抗され格闘となったため逃走中、ピストルを発射して追跡してきた店員を負傷させ、更に右店長及び庶務課長等ともみあいとなったこと、その直後銃声がして健一は同店二階踊場から一階コンクリート床に転落し死亡したこと、健一は即死状態であり、死体検案書によれば、死因は頭部銃創による脳挫傷兼頭蓋低骨折とされ、健一の遺体の司法解剖に当たった医師は、受傷状況等について弾は左こめかみから右耳下頭皮まで殆ど一直線に貫通しており、極めて至近距離(一〇センチメートル以内)から発射したものと考えられ、左手に持ち替えて撃ったと考える方が自然である。ピストルが暴発したものか、健一が自殺目的で自ら撃ったものかは傷の状況のみでは判定できないとしていること、この事件の捜査官等は、被告から依頼を受けて赴いた調査担当者に対し、健一の自殺を強く勾わせる発言をしていること、以上のことが認められ、この認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、健一の死亡は、拳銃の暴発によるものか、自殺によるものかのいずれかと考えられるが、どちらによるものかは本件全証拠によるもなお断定するに由ないものというべきである。

ところで、本件保険契約普通保険約款第一条第一項(1)(エ)にいう「被保険者が被保険者の犯罪行為によって死亡したとき」とは、被保険者の犯罪行為の着手とその死亡との間に相当因果関係がある場合をいうものと解するのが相当であるところ、健一の死亡が拳銃の暴発、自殺のいずれによるものであれ、健一の強盗行為がなければ右のいずれもなかったであろうという意味において条件関係を推認することができるが(仮に自殺であるとしても、その動機は必ずしも定かではないが、健一が当初から自殺を企図していたかのごとく述べる証人舛田光伸の証言は、単なる伝聞・推測の域を出ず、むしろ店員等に追いつめられ突発的に自殺を決意し実行に移したと考える方が自然である。)、暴発にしても自殺にしても誠に突発的、偶発的な出来事であって強盗行為に伴って通常発生する結果とはいえないし、かような特別事情については、本件強盗行為着手当時通常人の予見し得たところ及び被保険者たる健一が特別に予見し得たところを前提に考えても、その予見可能性は存在しなかったものというベきである。

そうすると、健一の強盗行為と死亡との間には相当因果関係を肯定することができず、本件において被告主張の犯罪免責条項を適用する余地はない。

三  してみると、被告は、原告に対し、本件死亡保険金三五〇〇万円の支払義務があることになる。

なお、原告は、遅延損害金として商事法定利率年六分の割合によるそれの支払を求めているが、保険相互会社のなす保険の引受は商行為ではないから、商法五一四条等商法商行為編総則の商行為一般に関する特則が当然に適用されることはないのであって、原告の遅延損害金請求は、被告に対し、履行催告の日の翌日である昭和六二年一月二四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるというべきである。

四  以上の次第で、原告の本訴請求は前項で述べた限度で理由があるから正当として認容し、その余は理由がないから失当として棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九三条を、仮執行宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小澤一郎)

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